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自立(国家と個人) [国家・日本近代歴史・戦争関連]

2011年2月28日

アメリカ寄りの中東の独裁国家が民衆によって倒されていく・・・
アメリカは独裁者を応援するわけにも行かず、でも民主化されたら、反アメリカな国になってしまう可能性がある・・・などと聞くと、アメリカの力が弱まり、日本はアメリカに依存できなくなってしまう日がくるのかもしれないと思ってしまった。アメリカには日本を依存させておくそんな余裕がなくなるかも。

とすると、日本はやっぱり自分の身は自分で守らないと、ということで、憲法9条は改正し、ちゃんと動ける軍を持つべきなのかもしれない。
ただでされ外交が下手なのだから、せめて、近隣国になめられないように軍事力を持たないと、と思ってしまう。

日本の憲法9条を平和憲法だと本気で思っている近隣国はないだろう。

ロシアも中国も軍事力を強化しているようだ。
日本も憲法9条を改正し、軍事力を強化し、周囲の国にそれを知らしめたほうがいいのかもしれない。そうすればもう少し外交を有利に進められるかもしれない。相手も譲歩してくれるところはしてくれるだろう。
でも、今のまま憲法9条に縛られ、軍事力が発動できず、頼っているアメリカが衰退してしまうとなると、日本は北方四島も尖閣諸島もとられ、領海領土を失うかもしれない、と心配になってしまった。

今のままアメリカに依存しているのは大変リスキーなことかもしれない。(もちろんアメリカが衰退しなければ、このまま依存する=利用する?手もあるだろうし、憲法9条をなくしてしまうと戦争好きなアメリカに反対に利用されてしまうかもしれないだろうけれど・・・)

と、アメリカ衰退の可能性を聞いて、考えてしまった。

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2010年12月22日

個人と国のあり方は共通するものがあるかもしれない・・・

国防について、「日本は自立しているのか云々」を考えていたら、いろいろ思ってしまった。
(国防については、「田母神フィーバー」http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2010-12-15-2の下のほうで、いろいろ語ってます)

個人に対して言われる「自立」というのは、国で言うならば「他国に舐められず、侵略されず、言いなりにならないで済む経済力や軍事力を持つこと。対等に取引する力を持つこと」と同じなのではないか、と。

つまり個人で言うならば、「他者の言いなりにならないで済むための力を持て」「対等に取引できる力を持て」と。
相手に舐められ、相手から低く見られれば、相手はこちらの話を聞く耳を持たず、こちらは相手の言いなりになるしかないとすれば、良い関係を結べないだろう。

国もそうだと思う。
ロシアや中国と上手くやっていくのならば、それなりの強さを相手に見せ、力を持ってこそ、交渉力を持つことができ、良い関係が結べるのかもしれない。弱腰では舐められるだけで、良い関係は結べない気がする。
その結果、国内の不満がたまり、相手国への反感が強まり、攻撃感情に転じ、ますます悪い結果へ・・・ということもあるかもしれない。

自分たちが弱いので、強い国(アメリカ)と手を結ぶという手もあるが、これもまた強いものの言いなりにならないとならなくなる。保護してくれる相手に頭が上がらないのは仕方ないことなのだ。保護してくれる相手とは主従関係となり、保護してくれる相手に従わないとならない。
もち主従関係でいたほうがラクだし、そのほうが得だ、という場合もあるかもしれないが。

アメリカの後ろ盾をきちんと得れば、とりあえず中国やロシアから表立って舐められることはないかもしれない。
(ただ、アメリカにとっても、中国やロシアが伸してくると困るので、日本を助けざるを得ないようで・・・だとしたら、日本はアメリカに対し、そう小さくならないでもいいのかもしれない。もっと強く出てもいいのかもしれない。国益にかなう交渉ができれば、とも思う)

個人レベルだって、強い力を持つ人を後ろ盾にすれば、周囲からは、表立って舐められることがなく、後ろ盾があるうちはある程度、尊重してくれる。

ただし、その後ろ盾してくれる、または守ってくれる人には頭が上がらず、言いなりにならなくてはいけないこともあるかもしれない。逆らえないかもしれない。

けれど、後ろ盾してくれる人や守ってくれる人に対し、こちらもお返しができれば、あるいはその対価を払えば、頭が上がらないということはなくなるだろう。

国にしろ、個人にしろ、「相手から舐められない程度の力を持つこと」が大切なのかもしれない。
自力でその力を持つか、強いものの後ろ盾を得るか、まあ、いろいろやり方はあるのだろうけれど。

ただ、「自立その2」http://kayashi.blog.so-net.ne.jp/2010-05-27で語ったように、「自立すること」は「目的」ではなく、あくまでも「手段」である・・・という上野千鶴子氏の言葉に頷かされた。

国にとっては、目的は「国益」であり、その手段として「自立したほうがいいのか、どうか」かもしれない。

ただ自立というのが、どういうことなのか・・・アメリカに頼らなくても国を守れる軍を持つことなのか、アメリカの立場を計算し(中国やロシアが伸してくれば、困るのはアメリカ)、アメリカを利用する力を持つことなのか・・・

どっちみち、「他国に舐められず、言いなりにならずに取引できる力を持つこと」が大切なのだろう。

個人も同じなのかも・・・
「自立する力」というよりも、「相手に軽んじられることなく、良い関係を結ぶ力」ということになるのかもしれない。

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